ミニマリストは病気なのか? 押し付けないでよ迷惑

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私もミニマリストに憧れ、部屋の中のものを捨てたり断捨離をしています。

その目的は「快適な環境まで物を減らしたい」というものです。その途中で、「ちょっと物が減りすぎちゃったかなぁ・・・」というくらい物が減ることがあってもいいと思っています。

迷ったら捨ててみようと思えるのは「後で増やしてもいい」と思っているからです。

ミニマリストは病気?

ミニマリストの物を減らしすぎた生活が異常だとか、病気みたいだと言う方、そして宗教みたいで気持ち悪いと言う方がいます。(宗教に失礼な話だと思いますが・・・)

ミニマリストは病気ではなくて、趣味趣向だと思うのです。

あくまで私の場合で書くと、私は昔から束縛されることを嫌がることが多く、「自由」という言葉にすごく敏感に反応することが多かったです。

「物が少ない」というのは、この自由だとか開放感をすごく感じる行為なのです。

家に縛られていない、物に縛られていない、明日思い立ったら自分はどこへでも行けるというイメージを持てることが嬉しいですし、心の平穏を感じることもあります。

つまりミニマリストは病気ではなくて、物を減らしていく中に自分の嬉しいポイントを見つけ出しちゃた人。物を減らすことの快感を人以上に感じている人ということだと思います。

例えば、ヴィトンのモノグラムのバッグをもらったとします。人によっては飛び上がるほど喜びますが、一方成金っぽくて欲しくないと思う人もいます。

バッグがなかったから丁度いいし貰っておこうと思う人もいます。そういえば、人からもらった100万円のバッグを自分が使わずに奥さんの買い物バッグにしている方がいたことを思い出しました。

同じものを見た時や同じ行動を見た時に感じる価値観や、何を価値があると感じるかは人それぞれということですね。

他人に強制しない

断捨離に目覚めてすぐは「物を捨てた方がいいよ」と家族に言って回ってましたが、今ではたまにしか言いません。(たまには言ってしまうんですね・・・本気でそう思っているので)

そして人のものを勝手に捨てたりもしません。(捨てる手伝いはします)

一部のミニマリストの良くないところは、人に物を捨てることを強制するところだと感じます。

そして「ここまで物を減らさなければミニマリストとは言えない」という定義というか自分の正義を人に押し付けてくるところだと感じます。

私もミニマリストになるために断捨離をしていますが、来るわ来るわ批判の嵐。

「この程度ではミニマリストとは言えない!」とか「もっと物を減らしてください!」とかですね。

最初は凹みましたけれども、今では笑っています。その人の主張はそれはそれで正しいのだと思います。ただし、その人の中では、という注意書きがつくだけなのです。

何がミニマリストなのか、物が減った状態はここからここまでだとか、世の中には決まっていないルール、自分で基準を決めていいことがたくさんあると思うのです。

自分が作った基準通りに自分の物を減らして、自分の中で幸せを感じましょう。周りや他人はどうでもいいのです。

物を手放すのは、「執着」を手放すということです。自分の主義主張も他人に押し付けるようなものであるのならば、一度その「執着」を手放してみても良いと思います。自分を180度変えてみるのも面白いと思うのです。

最近は物を愛して集めている母ですら、「そんなに物が好きならいいんじゃない」と思えるようになりました。

ただ、母が私の部屋に隙間があると思っているのか、余計なものを置こうとします。お客さん用の布団だとか、雛人形だとかですね。それは断固阻止するために日々バトルを繰り広げています。私の部屋は私の空間なので、隙間ですら私のものです。

家族の倉庫代わりに利用できるようにするために、自分の部屋の物を減らしたわけではないです。私の部屋の快適さを維持するためには私は私の部屋を守らないといけないのです。

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